サントリー、キリン、アサヒ——日本の酒類産業の国際化戦略

経済 東京 2026年2月13日

サントリー、キリン、アサヒ——日本の酒類産業の国際化戦略

国内市場の縮小を前提に、サントリー、キリン、アサヒは過去15年、海外M&Aを通じて国際化を進めた。Beam、Lion Nathan、SABMillerの欧州資産、CUB——買収の選択と、そこから生まれた非対称的な構造を編集部が比較する。

日本の酒類大手三社——サントリーホールディングス、キリンホールディングス、アサヒグループホールディングス——は、国内市場の構造的縮小を前提に、2000年代後半から2020年代にかけて大型海外M&Aを連続的に実行した。サントリーのBeam買収(2014年)、キリンのLion Nathan統合(2009年)、アサヒのSABMiller欧州資産取得(2016〜2017年)とCUB取得(2020年)——それぞれの選択は、現在の三社の国際化の形を規定している。

01. 国内市場の縮小——前提としての構造

日本の酒類消費量は、1999年をピークに減少基調にある。国税庁『酒のしおり』によれば、成人一人あたりの酒類消費量は1990年代末の約100リットルから2020年代には約75リットル前後まで低下した(1)。減少の主因は、人口高齢化・若年層の飲酒頻度低下・健康志向の広がり・消費多様化である。

カテゴリ別には、日本酒・焼酎の減少が顕著で、ビール類(ビール・発泡酒・新ジャンル)も2000年代以降、緩やかな縮小基調にある。ワイン、RTD(Ready-to-Drink、缶チューハイ等)、ウイスキーは伸長領域だが、カテゴリ合計では市場全体の縮小を反転させるには至っていない(2)

こうした国内市場の構造的縮小を前提に、三社はいずれも海外事業の比率を戦略的に高めてきた。2024年時点で、サントリーの海外売上比率は40〜50%台、キリンは30〜40%台、アサヒは50%前後に達している(3)

02. サントリーのBeam買収——ウイスキーへの集中投資

サントリーホールディングスは2014年、米Beam Inc.を約160億ドル(当時の為替で約1兆6,500億円)で買収した(4)。Beamは米国を代表するバーボン・ウイスキー「ジム・ビーム」を旗艦とする蒸留酒企業で、買収によりBeam Suntoryが誕生した。

買収の戦略的含意は大きい。第一に、サントリーは国内ウイスキー(「響」「山崎」「白州」)に加え、ジム・ビーム、メーカーズマーク、ノブ・クリークといった米バーボンの主要ブランドをポートフォリオに加えた。第二に、グローバルな蒸留酒市場における位置を、ディアジオ、ペルノ・リカールといった欧州大手と比較し得る規模に引き上げた。第三に、北米市場への直接アクセスを獲得した。

買収後の統合過程では、北米市場でのブランドマーケティング、国際市場での日本ウイスキー(プレミアム価格帯)の展開、原料ウイスキー(モルト・グレーン)の供給体制構築が焦点となった。2020年代前半のジャパニーズウイスキー国際ブームは、買収後の国際流通網の恩恵を受けた側面もある(5)

03. キリンのLion Nathan統合——豪州・NZ市場の確保

キリンホールディングスは2009年、オーストラリア・ニュージーランドの大手飲料企業Lion Nathanの完全子会社化を完了した(取得総額約3,300億円)(6)。Lionは豪州・NZ市場でビール(XXXX、Tooheys、Speight’s)、乳飲料、ジュース、ワインを手がける総合飲料企業であり、キリンの子会社としては最大級の海外事業となった。

その後、キリンは2011年にブラジルのSchincariolを買収(約3,000億円)するなど、新興国市場への展開も試みたが、ブラジル事業は2017年にオランダのハイネケンに売却するなど、海外事業ポートフォリオの再編を重ねてきた(7)

日本総研『飲料産業の海外M&A事例分析 2022』

2020年代以降、キリンは「食から医へ」を成長戦略の柱に据え、協和キリン(医薬品)、協和発酵バイオ(ヘルスサイエンス)を中核とする多角化を進めている。酒類事業の海外展開は、Lion豪州・NZを中心とする選別的継続路線にシフトした(8)

04. アサヒの欧州獲得——SABMiller資産とCUB

アサヒグループホールディングスは2016年、SABMiller(当時アンハイザー・ブッシュ・インベブが買収中)の欧州資産のうち、伊ペローニ、蘭グロルシュ、チェコのPilsner Urquellを除く西欧ビール事業を約2,550億円で取得した。翌2017年には、さらにSABMiller旧東欧・中欧資産(Pilsner Urquell、Tyskie、Lech等)を約8,800億円で取得した(9)

この2段階の欧州獲得により、アサヒは西欧・中東欧のプレミアムビールブランドを一挙にポートフォリオに加えた。さらに2020年には、アンハイザー・ブッシュ・インベブから豪州CUB(Carlton & United Breweries)を約1兆2,000億円で取得し、豪州ビール市場のトップクラスに参入した(10)

三社のなかでアサヒは、過去10年で最も大型の連続的海外M&Aを実行した企業である。同社の国際事業構成比は、2024年時点で50%前後に達し、欧州・豪州の売上比率が国内を上回る水準となっている。

05. 買収後のガバナンスと統合——非対称な結果

大型M&Aの成否は、買収の規模ではなく統合後の運営によって決まる。三社の統合プロセスを比較すると、その内容は非対称である。

サントリーのBeam統合は、蒸留酒というカテゴリ集中を軸に比較的明確な統合戦略を持った。米国のマネジメント体制を大きくは変えず、むしろ日本ウイスキー事業との相互補完を重視する形で運営している(11)

アサヒの欧州・豪州統合は、ポートフォリオの広がりが大きい分、統合の複雑性も高い。欧州多国籍拠点の管理、為替・金利変動によるのれん減損リスク、現地マネジメントとの関係構築など、運営面の課題は継続している。

キリンのLion統合は、豪州・NZ市場での着実な運営を維持しつつ、2010年代後半の新興国事業からの撤退と並行して、ポートフォリオのスリム化を進めた。

06. 国内事業との相互作用——新ジャンル・RTD・ノンアルコール

海外事業の拡大と並行して、三社はいずれも国内事業の構造転換を進めてきた。ビール類の酒税率見直し(2020年10月、2023年10月、2026年10月予定の三段階改正)は、ビール・発泡酒・新ジャンル間の相対価格を変動させ、各社の製品戦略を再設計させた(1)

RTD(缶チューハイ、ハイボール等)、ノンアルコール飲料、機能性飲料、健康志向商品——これらのカテゴリへの各社の投資は、国内市場の縮小下で収益性を維持するための基本戦略となっている。

関連する調書

  • dossier-009-yen-decline
  • dossier-004-inbound-economics
  • dossier-006-china-relations

脚注

  1. 国税庁『酒税改正の概要』、財務省『平成29年度税制改正大綱』関連資料、日本ビール酒造組合『ビール税制の変遷』。
  2. 国税庁『酒類販売(消費)数量』(各年度)、日本洋酒酒造組合・日本ビール酒造組合の各統計。
  3. サントリーホールディングス・キリンホールディングス・アサヒグループホールディングス各社『統合報告書 2023/2024』、および有価証券報告書。
  4. サントリーホールディングス『ビーム・サントリー設立の経緯』(2014年公表資料)、および有価証券報告書(2014年度)。Beam買収は当時、日本企業による食品・飲料分野の海外M&Aとして過去最大規模。
  5. Beam Suntory Annual Report(2020〜2023年度)、日経ビジネス『ウイスキー世界戦 サントリーの10年』(2024年特集)。
  6. キリンホールディングス『Lion Nathan Limitedの完全子会社化』(2009年発表)、および同社有価証券報告書(2009年度)。Lion Nathanはオーストラリアおよびニュージーランドのビール・乳飲料市場の大手。
  7. キリンホールディングス『ブラジル事業の売却』(2017年発表)、日本総研『飲料産業の海外M&A事例分析』(2022年版)第3章。
  8. キリンホールディングス『中長期経営計画』(2022年、2024年版)、および統合報告書。
  9. アサヒグループホールディングス『SABMiller欧州事業の取得』(2016年、2017年発表)、および『有価証券報告書』(2016、2017年度)。
  10. アサヒグループホールディングス『CUB事業の取得完了』(2020年6月発表)、日経『アサヒの豪州最大のビール会社買収完了』(2020年6月)。
  11. Beam Suntory Integration Report、Nikkei Asia “Beam Suntory at ten”(2024年1月)。

出典

  1. 国税庁『酒のしおり』 2024-06-30
  2. 国税庁『酒類販売(消費)数量』 2024-08-15
  3. サントリーホールディングス『統合報告書 2023』 2024-06-20
  4. キリンホールディングス『統合報告書 2023』 2024-05-15
  5. アサヒグループホールディングス『統合報告書 2023』 2024-04-18
  6. Beam Suntory Annual Report 2024-05-01
  7. 日経ビジネス『ウイスキー世界戦 サントリーの10年』 2024-01-20
  8. 日本総研『飲料産業の海外M&A事例分析』 2022-11-18
  9. Nikkei Asia "Beam Suntory at ten" 2024-01-15
  10. JETRO『世界のビール・蒸留酒市場動向』 2024-02-20