1980年代後半の世界シェア5割から、2020年代の一桁台へ。日本の半導体産業の縮小と、その政策的反転——Rapidus設立、TSMC熊本誘致、補助金体系の再設計——を20年の時間軸で編集部が整理する。
日本の半導体産業は、1988年の世界シェア約50%という頂点から、2020年代には10%を割る水準にまで後退した。その後、経済産業省は2021年の「半導体・デジタル産業戦略」を起点に、補助金と官民ファンドを組み合わせた再建策に転じている。本調書は、縮小の構造要因と、政策反転の具体的な中身を検証する。
01. 縮小の構造——1988年から2010年代まで
1988年、世界の半導体市場における日本企業のシェアは約50%に達していた(1)。DRAM市場ではNEC、東芝、日立が上位を占め、半導体製造装置と素材産業を含む広いエコシステムが国内に成立していた。しかし、1990年代半ばから2000年代にかけてこのシェアは急速に低下する。
縮小の要因は単一ではない。第一に、1986年の日米半導体協定による価格・市場アクセス制約が、日本企業の投資判断を歪めた側面がある(2)。第二に、1990年代後半以降の世界的な垂直分業化——設計(ファブレス)と製造(ファウンドリ)の分離——に対応が遅れた。総合電機メーカーの事業部として位置づけられてきた日本の半導体事業は、独立企業として機敏に設備投資を決定する体制を持ちにくかった。
第三に、2000年代前半から続いたシリコンサイクル下での投資抑制が、プロセス世代の遅延として蓄積した。台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子が2010年代に最先端プロセスへの巨額投資を継続したのに対し、日本企業は14nm以下のロジック量産から実質的に撤退した。
エルピーダメモリの会社更生法適用(2012年)、ルネサスエレクトロニクスの官民ファンド産業革新機構による救済(2013年)、東芝メモリ(現キオクシア)の分離(2017年)——これらは縮小期を象徴する事象である(3)。
02. 2021年の政策転換——なぜ反転したのか
2021年、経済産業省は『半導体・デジタル産業戦略』を公表し、半導体を「経済安全保障上の基盤技術」と位置づけた。この位置づけ自体が、それまでの「産業政策の対象」から一段ずらされている。
転換の背景には、三つの外的要因がある。第一に、米中技術競争の激化と、2019年以降の対中輸出管理強化である。第二に、新型コロナウイルス感染症下で顕在化したグローバル供給網の脆弱性と、自動車産業を中心とした半導体不足である(4)。第三に、TSMCが米アリゾナに工場建設を決定したこと(2020年)が、半導体製造立地の地政学化を決定づけた。
この戦略の下で、経済産業省は2022年にTSMC・ソニー・デンソーが設立したJapan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)に対し、第一工場分として最大7,320億円、第二工場分として最大7,320億円規模の助成金交付を認定した(5)。この規模は、単一プロジェクトへの国費投入として戦後の産業政策史のなかでも突出している。
03. Rapidus——構想の射程と現実
2022年11月、IBMと米国研究機関imecの技術支援を前提とした新会社Rapidusが設立された。トヨタ自動車、デンソー、ソニー、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行が出資し、政府も第1段階で700億円、後に累計で1兆円規模の支援を追加的に決定している(6)。目標は2nm級ロジック半導体の国内量産(2027年開始予定)である。
構想の射程は大きい。既存の半導体製造から実質的に撤退した国が、最先端プロセスの量産に20年以上のギャップを越えて復帰しようという試みだからだ。しかし、懐疑論も少なくない。第一に、2nm級の量産には、装置・素材・人材のエコシステム全体の再構築が必要であり、工場単体の整備では完結しない。第二に、TSMCやサムスン、Intelとの競争は設備投資と設計顧客の両面で苛烈であり、Rapidusが安定的な需要を確保できるかは未知数である(7)。
第三に、北海道千歳市の建設予定地では、産業インフラ、上下水道、物流、電力供給のすべてが新規整備を要する。地方立地の工場としては異例の規模であり、地域経済への正の波及と、インフラ整備コストの負担配分が議論の対象となっている(8)。
04. 補助金の構造——誰が何を負担しているのか
半導体補助金の枠組みは、2022年の特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律(情報処理促進法の一部改正)を根拠とする特定半導体基金を中心とする(9)。2024年度までに、基金規模は累計で2兆円を超える水準に拡大している。
この規模は、かつての官民ファンド(産業革新機構や産業革新投資機構)の投資枠とは桁が異なる。補助金として直接交付される点、そして対象企業との「覚書」に基づき一定期間の国内生産継続義務が課される点が、従来の産業支援策との違いである。編集部が確認した限り、生産継続義務の実効性担保の仕組み——違反時の返還条項、定期監査の範囲、政策変更時の扱い——については公開情報が限定的であり、今後の検証課題となる。
財政負担の観点では、この規模の単発投入が産業政策として適切かを問う声も存在する。日本総研のレポートは、半導体補助金の累計規模が教育・R&D・インフラといった他政策分野の中長期投資と比較して相対的に大きいことを指摘している(10)。
05. 技術エコシステムとしての再建——装置・素材・人材
半導体産業の国際競争力は、最終製品(チップ)だけでなく、製造装置・素材・人材のエコシステム全体で決まる。この点では日本の競争優位は依然として存在する。東京エレクトロン、アドバンテスト、ディスコといった装置メーカー、信越化学、SUMCO、JSRといった素材メーカーは、世界市場で高いシェアを維持している(11)。
日本の半導体エコシステムは、最終製品の弱さと、装置・素材の強さという非対称構造を持つ。再建戦略はこの非対称を前提に設計されなければならない。 経済産業省『半導体・デジタル産業戦略』2023年改訂版
人材面では、半導体製造に必要な技術者——プロセスエンジニア、材料工学、装置設計、クリーンルーム運用——の国内供給が限定的であることが構造的課題である。大学工学系における半導体関連学科の入学者数は1980年代後半をピークに減少基調にあり、急速な人材需要拡大に対応できない(12)。経済産業省と文部科学省は、2023年以降「半導体人材育成等コンソーシアム」を設立し、九州・東北・関西の拠点大学を中心に半導体教育プログラムを拡充しているが、需給ギャップの解消には数年以上を要する見通しである。
06. 次の10年の変数——技術・地政学・需要
半導体政策の今後を規定する変数は、大きく三つの層に整理できる。技術の層では、2nm以下プロセス・3D実装・ヘテロジニアス統合・量子演算への橋渡しといった方向で開発が進む。地政学の層では、米中の技術競争と輸出管理体制がどこまで広がるかが、立地選択と顧客構成を決める。需要の層では、自動車の電動化、AIインフラ、データセンター投資の規模が、最終的な設備稼働率を左右する(13)。
編集部が注視するのは、これら三つの層の相互作用である。技術は地政学によって供給経路を制約され、需要は地政学によって市場アクセスを制限される。日本の政策対応が、どこまでこの多層的な変数群に整合した設計となるかが、今後10年の成否を決める。
関連する調書
- dossier-006-china-relations
- dossier-011-startup-ecosystem
- dossier-009-yen-decline
脚注
- 経済産業省『半導体・デジタル産業戦略』初版(2021年6月)の回顧節、および電子情報技術産業協会(JEITA)の歴史統計。 ↑
- JETRO『日米半導体摩擦の系譜』(2020年改訂版)第2章「協定の経済的帰結」を参照。 ↑
- 産業革新機構(現INCJ)『ルネサスエレクトロニクス支援の総括』(2015年)、および東芝『東芝メモリ株式会社分離計画』(2017年公表版)。 ↑
- 内閣府『経済安全保障と半導体供給網』(2022年版)第1章、および日銀『展望レポート』(2022年1月号)のサプライチェーン分析節。 ↑
- 経済産業省『特定半導体基金によるJASM第一工場への助成金交付決定』(2022年6月)および第二工場への助成金交付決定(2024年2月)。 ↑
- Rapidus社『会社概要』(2024年版)、経済産業省『Rapidus株式会社に対する支援の認定』(2022年11月、2023年4月、2024年4月)。 ↑
- 野村総合研究所『半導体業界動向レポート』(2024年版)、およびNikkei Asia “Japan’s Rapidus bet: scale, timing and the gap”(2024年3月掲載)。 ↑
- 北海道『北海道半導体関連産業振興戦略』(2023年版)、および日経『千歳の地殻変動——Rapidusと北海道経済』(2024年特集)。 ↑
- 『特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律』および関連告示。基金規模の推移は経済産業省予算説明資料(2022〜2024年度)を参照。 ↑
- 日本総研『政策資源配分の最適性——半導体・DX・グリーンの三分野比較』(2024年9月)第4章。 ↑
- SEMI(国際半導体製造装置材料協会)『半導体製造装置・材料世界市場動向』(2024年版)、およびJEITA『半導体産業市場規模統計』(2024年度版)。 ↑
- 文部科学省『学校基本調査』(2024年度版)工学部系学科別入学者数、および日本半導体人材育成コンソーシアム資料。 ↑
- 経済産業省『半導体・デジタル産業戦略』(2023年改訂版)第3章「外部環境変数の整理」、Nikkei Asia “AI era chip demand reshapes East Asia”(2024年9月)、およびBloomberg “Japan’s semiconductor comeback”(2024年4月)。 ↑
出典
- 経済産業省『半導体・デジタル産業戦略』 2023-06-06
- 経済産業省『特定半導体基金の運用状況』 2024-09-01
- Rapidus株式会社 会社概要 2024-04-01
- JEITA『半導体産業市場規模統計』 2024-04-15
- JETRO『日米半導体摩擦の系譜』 2020-11-30
- 野村総合研究所『半導体業界動向レポート 2024』 2024-05-20
- Nikkei Asia "Japan's Rapidus bet: scale, timing and the gap" 2024-03-28
- Bloomberg "Japan's semiconductor comeback strategy" 2024-04-15
- 文部科学省『半導体人材育成等コンソーシアム』 2024-03-01
- 日本総研『政策資源配分の最適性 2024』 2024-09-30