2050年カーボンニュートラル、電力安定供給、電気料金の抑制——エネルギー政策はこの三つの要請を同時に満たすよう求められている。再稼働のペースと再生可能エネルギーの導入速度、そして新設議論の再浮上を、編集部が検証する。
政府が2020年に表明した2050年カーボンニュートラル目標、2022年以降の電力需給逼迫、電気料金の継続的上昇——日本のエネルギー政策は、気候・安定供給・価格の三つの要請を同時に満たす設計を迫られている。第7次エネルギー基本計画の原案が示した原子力比率の維持、そして新設論議の再浮上を、編集部が整理する。
01. 2011年以降の構造変化
2011年3月の東京電力福島第一原発事故以降、日本の電力供給構造は大きく変わった。事故前の原子力比率は総発電量の約30%に達していたが、2013〜2014年には実質ゼロに落ち込んだ(1)。その空白を埋めたのはLNG火力と石炭火力であり、化石燃料依存度は一時80%を超える水準まで上昇した。
2012年に新規制基準が策定され、原子力規制委員会の適合審査に合格した原発のみが再稼働可能となった。2024年時点で12基が稼働中、5基が運転中・定期点検を繰り返しながら運用されており、残りは廃炉、審査中、あるいは再稼働停止中である(2)。再稼働比率は関西電力・九州電力で相対的に高く、東京電力ホールディングス管轄では柏崎刈羽原発の再稼働が焦点となっている。
この状況下で、2022年の欧州エネルギー危機とLNG価格急騰は、日本の電気料金を構造的に押し上げた。家庭用・産業用ともに、2020年比で料金は3〜5割上昇した期間があり、その後一部の緩和策が導入されたものの、基調は依然として高止まりにある(3)。
02. 2050年カーボンニュートラル——何がどれだけ必要か
2020年10月、菅政権は2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする目標を表明した。この目標は2021年の地球温暖化対策推進法改正で法的基礎を得ている。達成に必要な電力・エネルギー転換の規模は、さまざまな試算で示されているが、いずれも「現状の延長線上では到達不能」という共通認識を示す(4)。
必要な施策は、大きく三つの層に分かれる。第一に、再生可能エネルギーの大規模導入——太陽光、陸上・洋上風力、地熱、中小水力。第二に、電化の進展——運輸部門のEV化、民生部門の暖房・給湯の電化、産業部門の電化可能工程の転換。第三に、電化困難領域への水素・アンモニア・CCUSの適用である。
第6次エネルギー基本計画(2021年)は、2030年度の電源構成目標として再エネ36〜38%、原子力20〜22%、LNG 20%、石炭19%、水素・アンモニア1%を示した(5)。2023年度の実績を見ると、再エネは約22%、原子力は約8%、LNGは約32%、石炭は約28%であり、目標値との乖離が顕著である。第7次計画の検討過程では、この乖離をどう埋めるかが主要論点となっている。
03. 再稼働のボトルネック——技術、地元同意、司法
再稼働が想定ペースで進んでいない理由は単一ではない。第一に、原子力規制委員会の適合審査に相当の時間を要する点がある。特定重大事故等対処施設(特重)の設置を含む追加安全対策が、事業者の工程と費用を大きく押し上げた(6)。
第二に、地元同意のプロセスである。立地自治体(立地市町村・立地道県)に加え、周辺自治体の同意をどう位置づけるかの制度的定義は明文化されておらず、個別交渉に委ねられている。柏崎刈羽原発では、新潟県の同意を得るプロセスが複数回にわたって停滞した経緯がある。
第三に、司法の判断である。高裁・地裁レベルで運転差し止めの仮処分が認容・却下される例が複数あり、司法リスクは事業者の投資判断を複雑化している(7)。
これらの要因が重なり、再稼働のペースは政府計画の想定を下回っている。2030年度の原子力比率20〜22%という目標達成には、既設原発の追加再稼働だけでなく、運転期間延長の適用例拡大が必要となる試算が示されている(8)。
04. 運転期間延長と新設論議の再浮上
2023年のGX脱炭素電源法(通称)により、原発の運転期間は「原則40年、最長60年」の従来枠に、一定の停止期間を除外できる規定が追加された(9)。これにより、審査・裁判による長期停止期間を運転年数から控除する扱いが可能となり、一部の原発は実質的に60年を超えた運転が視野に入った。
この改正は、既設原発の活用余地を拡大する意味で「再稼働の実効性を引き上げる」効果を持つ。一方で、安全審査の実質性や、経年劣化の技術的評価に関する議論は続いている。
脱炭素と電力安定供給、そして電気料金の三つを同時に解くには、再エネの大量導入と原子力の活用を両立させる設計以外に解はない——ただし、それは言うに易く行うに難い。 日本エネルギー経済研究所『脱炭素とエネルギー安全保障』2024年版
さらに2024年以降、原子力発電所の新設・リプレース論議が政策文書の中で再浮上している(10)。次世代革新炉(SMR=小型モジュール炉、高温ガス炉、高速炉)の開発と商用化時期は2030年代以降とされるが、計画・立地調整・規制整備のリードタイムを考えれば、政策判断はすでに始まっている。
05. 再生可能エネルギーのボトルネック
再エネの大量導入を阻む要因も構造的である。第一に、地理的制約。日本の国土は山岳地帯が多く、平地面積あたりの太陽光導入密度はすでに主要国の上位に位置している(11)。これ以上の陸上太陽光拡大は、森林伐採や景観への影響を伴う。
第二に、送電網の制約である。北海道・東北の風力適地と、需要の大きい首都圏・中部を結ぶ基幹送電網の容量不足は、導入のボトルネックになっている。広域連系系統マスタープラン(2023年)は、日本海側の海底直流送電を含む拡充計画を提示したが、実現には10年以上の工期を要する見込みである(12)。
第三に、洋上風力のリードタイムである。秋田、千葉、長崎で先行する促進区域指定と事業者選定は一定の進捗を示すものの、着工から商業運転開始までには数年を要し、2030年目標への寄与は限定的にならざるを得ない。
関連する調書
- dossier-009-yen-decline
- dossier-002-municipal-bankruptcy
- dossier-006-china-relations
脚注
- 経済産業省資源エネルギー庁『エネルギー白書 2024』発電電力量構成の推移。 ↑
- 原子力規制委員会『原子力発電所の新規制基準適合性審査の状況』(2024年4月版)、および経産省『電力・ガス取引監視等委員会』供給計画関連資料。 ↑
- 経済産業省資源エネルギー庁『電気料金の推移』、および日本エネルギー経済研究所『エネルギー・経済統計要覧』(2024年版)。 ↑
- 環境省『2050年カーボンニュートラルに関する検討会 報告書』(2022年)、およびIEA “Japan 2021 Energy Policy Review”。 ↑
- 資源エネルギー庁『第6次エネルギー基本計画』(2021年10月閣議決定)第3章および別表1。 ↑
- 原子力規制委員会『新規制基準の概要』、日本原子力産業協会『原子力発電所の再稼働に向けた取組み』(2024年版)。 ↑
- 日本原子力文化財団『原子力訴訟一覧』、および各地方裁判所・高等裁判所の公開判決要旨。 ↑
- 日本エネルギー経済研究所『脱炭素とエネルギー安全保障に関する分析』(2024年版)第3章。 ↑
- 『脱炭素社会の実現に向けた電気供給に係る持続可能な供給体制の確立のための電気事業法等の一部を改正する法律』(2023年5月成立)、および経産省解説資料。 ↑
- 経済産業省『次世代革新炉の開発・建設に向けた基本方針』(2023年8月)、および日経『原発新設 40年ぶりの論点復帰』(2024年特集)。 ↑
- IRENA “Renewable Capacity Statistics 2024″、および経産省『再生可能エネルギー固定価格買取制度の状況』(2024年版)。 ↑
- 電力広域的運営推進機関(OCCTO)『広域連系系統のマスタープラン』(2023年3月)、および経産省電力・ガス事業部解説資料。 ↑
出典
- 資源エネルギー庁『エネルギー白書 2024』 2024-06-30
- 資源エネルギー庁『第6次エネルギー基本計画』 2021-10-22
- 原子力規制委員会『原子力発電所の新規制基準適合性審査の状況』 2024-04-30
- 環境省『2050年カーボンニュートラル検討会報告書』 2022-11-15
- 日本エネルギー経済研究所『脱炭素とエネルギー安全保障』 2024-03-20
- IEA "Japan 2021 Energy Policy Review" 2021-03-04
- 電力広域的運営推進機関『広域連系系統のマスタープラン』 2023-03-29
- 日本原子力産業協会『原子力発電所の再稼働に向けた取組み 2024』 2024-05-15
- IRENA "Renewable Capacity Statistics 2024" 2024-03-27
- 日経『原発新設 40年ぶりの論点復帰』特集 2024-02-18