スタートアップ・エコシステム——東京の現状とボトルネック

経済 東京 2026年3月20日

スタートアップ・エコシステム——東京の現状とボトルネック

2013年以降のアベノミクスとスタートアップ育成5カ年計画(2022年)を経て、東京のベンチャー投資額は拡大した。一方、シード期を抜けた後の成長資金と人材獲得に持続的なボトルネックが残る。制度と現場の距離を編集部が検証する。

日本のベンチャー投資額は、2013年の約1,300億円から2023年には1兆円超まで拡大した。しかしシリーズB・C以降の大型調達、ディープテック領域、そして海外への進出という三つの局面で、エコシステムには依然として持続的なボトルネックが存在する。政府のスタートアップ育成5カ年計画と現場の実像を重ね、制度と成果の距離を測る。

01. 投資額の拡大——2013年から2023年まで

INITIAL(ユーザベース運営のスタートアップデータベース)およびJapan Venture Research(JVR)の統計によれば、国内スタートアップへの投資額は2013年の約1,300億円から2022年・2023年には約8,000億〜1兆円超の水準まで拡大した(1)。資金調達件数も、2013年の約700件から2023年には2,500件を超える規模になっている。

この拡大を牽引した要因は複数ある。第一に、2014年以降の独立系ベンチャーキャピタル(VC)の設立ラッシュと、大企業コーポレートVC(CVC)の本格参入。第二に、2020年以降の海外VC(シリコンバレー、シンガポール、中国本土)の日本市場への再進入。第三に、機関投資家(年金基金・生命保険)のプライベートエクイティ配分の緩やかな拡大である(2)

02. 国際比較——依然として小さい「国内市場」

拡大は顕著だが、国際比較ではなお小規模である。2023年の世界ベンチャー投資総額は約3,000億ドル規模で、そのうち米国が約半数、中国・欧州・インド・イスラエルがそれに続く(3)。日本のシェアは数%台にとどまり、GDP比ではOECD平均を下回る水準が継続している。

規模の差以上に構造の差が顕著である。米国シリコンバレーでは、シード期(数千万〜数億円)、シリーズA(数億〜十数億円)、シリーズB・C(数十億〜数百億円)、プレIPO・メザニン(数百億円超)までの各ステージで、それぞれ専門の投資家層が厚く存在する。日本の場合、シード・プレシード期のエコシステムは拡大したが、シリーズB以降の大型調達を国内で完結させることは依然として困難だ。このため、成長ステージに達したスタートアップは、海外VC(特に米国・シンガポール)との連携か、あるいは早期IPOを選ぶ傾向が続く(4)

03. 早期IPOの構造——成長資金の枯渇か、出口戦略か

東京証券取引所グロース市場(旧マザーズ)への上場は、スタートアップの代表的な出口戦略として機能してきた。2000年代以降、年間数十社がグロース市場に上場しており、時価総額100億円前後でのIPOが多い(5)

この「早期IPO」構造には、賛否両論がある。支持する側は、上場による資金調達・流動性確保・ブランド認知のメリットを挙げる。批判する側は、上場後の成長余地が限定的な時価総額で上場することで、グローバル企業に成長する機会を失う可能性を指摘する(6)

現実には、早期IPOそのものが問題ではなく、上場後に成長資金を継続的に調達できる市場環境(セカンダリー市場の厚み、アナリスト・機関投資家の深耕)が十分でないことが課題となっている。

04. ディープテック——資金・時間・人材の制約

ハードウェア・バイオ・素材・半導体・宇宙など、研究開発が長期化しキャピタル集約的なディープテック領域は、日本のスタートアップ戦略の中核とされる。一方で、これらの領域は資金・時間・人材の三つの軸で通常のSaaS系スタートアップと異なる特徴を持つ(7)

資金面では、シード期から商業化までに数十億円〜数百億円の累積投資が必要となる。これは通常のVC単独では支えきれない規模であり、政府系ファンド(NEDO、JST、日本政策投資銀行)や大企業との共同開発、そして海外投資家からの調達の組み合わせが前提となる。

時間面では、市場投入までに5〜10年を要する案件が多い。この期間、売上高は限定的で、評価はマイルストーン達成を基準にするため、投資家側にも長期コミットメントが求められる。

人材面では、技術系の創業者と経営人材の不足、そしてシニアレベルのエンジニアの転職市場の薄さが指摘される。大企業から成長ステージのスタートアップへの人材移動は、欧米と比較して依然として限定的である(8)

05. 地域エコシステム——東京一極の構造

国内スタートアップの本社所在地は、東京都に極度に集中している。2023年の新規投資案件の約7〜8割が東京都内の企業向けであり、大阪、福岡、京都、名古屋、札幌といった地方拠点は残りを分け合う構造となっている(9)

地方エコシステム育成の成否は、VC・大学・大企業・公的機関の四者を結ぶ緩い紐帯の有無によって決まる。単独の施策では機能しない。 経済産業省『地方スタートアップ・エコシステムの現状』 2024年版

政府は2020年以降、「スタートアップ・エコシステム拠点都市」制度を運用し、東京、京阪神、名古屋・浜松、福岡、札幌を対象に地域単位のエコシステム育成を支援している(10)。拠点ごとにコーディネート機関が設置され、海外アクセラレーターとの連携、大学発ベンチャーの支援、大企業のオープンイノベーションとの接続が試みられている。ただし、成果の定量的検証はまだ途上である。

06. 政策5カ年計画の中間評価

2022年11月に公表された「スタートアップ育成5か年計画」は、2027年までに投資額を10倍(10兆円)にする目標を掲げた(11)。この目標の達成には、単年度平均で投資額を年率40%以上伸ばし続ける必要があり、現状のペースでは射程距離にない。

計画は以下の三本柱を提示する。第一に、人材・ネットワーク育成(大学・研究機関との連携、海外人材の誘致)。第二に、資金供給強化(公的ファンドの拡充、年金基金のPE配分緩和)。第三に、オープンイノベーションの加速(大企業のCVC、M&A文化の醸成)(12)。2023〜2024年の進捗では、資金供給面でGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のPE配分拡大、スタートアップ新株予約権(SO)税制の改正などが実施された。一方、M&A市場の厚み、オープンイノベーションの実効性、海外人材の誘致は、いずれも中長期の構造課題として残っている(13)

関連する調書

  • dossier-007-semiconductor-policy
  • dossier-009-yen-decline
  • dossier-014-liquor-industry-globalization

脚注

  1. INITIAL『Japan Startup Finance』(2023年年間、2024年第1〜3四半期)、JVR『ジャパン ベンチャーファンドレポート』(2023年版)。
  2. 経済産業省『スタートアップ育成5か年計画』(2022年11月公表)、日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)『投資家動向調査』(2023年度)。
  3. CB Insights “State of Venture 2023″、PitchBook “Global Venture Capital Report 2023″、KPMG “Venture Pulse Q4 2023″。
  4. 野村総合研究所『日本のスタートアップ・エコシステム分析 2024』第2章、みずほ銀行産業調査部『スタートアップの成長資金』(2023年9月)。
  5. 日本取引所グループ『新規上場会社一覧』(2020〜2024年)、東京証券取引所『グロース市場の状況』(2024年版)。
  6. 日経ビジネス『早期IPOの功罪』(2023年特集)、Nikkei Asia “Japan’s small IPO problem”(2023年10月)。
  7. 経済産業省『ディープテック・スタートアップの特徴と課題』(2023年調査報告)、JST(科学技術振興機構)『大学発ベンチャーの成長支援に関する分析』(2024年)。
  8. リクルートワークス研究所『日本の労働市場と人材移動』(2024年版)、パーソル総合研究所『スタートアップへの転職意向調査』(2024年)。
  9. INITIAL『Japan Startup Finance 2023』地域別内訳、経産省『地方スタートアップ・エコシステムの現状』(2024年版)。
  10. 内閣府『スタートアップ・エコシステム拠点形成戦略』(2020年策定、2023年改訂)、および各拠点都市の年次報告書。
  11. 内閣官房『スタートアップ育成5か年計画』(2022年11月28日公表)、および進捗レビュー報告書(2024年版)。
  12. 経済産業省『スタートアップ育成5か年計画進捗レビュー』(2024年版)、および同計画フォローアップ会議議事要旨。
  13. 日経『スタートアップ育成5か年計画 中間評価』(2024年12月特集)、Nikkei Asia “Japan’s startup bet: progress and gaps”(2024年11月)。

出典

  1. INITIAL『Japan Startup Finance 2023』 2024-02-15
  2. JVR『ジャパン ベンチャーファンドレポート 2023』 2023-12-20
  3. 経済産業省『スタートアップ育成5か年計画』 2022-11-28
  4. 内閣官房『スタートアップ育成5か年計画進捗レビュー』 2024-11-30
  5. 内閣府『スタートアップ・エコシステム拠点形成戦略』 2023-04-10
  6. CB Insights "State of Venture 2023" 2024-01-04
  7. PitchBook "Global Venture Capital Report 2023" 2024-01-12
  8. 東京証券取引所『グロース市場の状況 2023』 2024-02-20
  9. 野村総合研究所『日本のスタートアップ・エコシステム分析 2024』 2024-06-01
  10. JETRO『スタートアップ海外展開支援事業』 2024-04-01